ブログ

家族信託をすることで、優遇税制が受けられなくなる?

渡邊浩滋の賃貸言いたい放題 第220回

相続税の基礎から応用までわかりやすくQ&A方式で解説していきます。

Q父が高齢で、認知症対策として家族信託を勧められました。
自宅などの財産を信託することによって適用ができなくなる税制があると聞きました。
詳しく教えてください。

A
1.家族信託の仕組み
家族信託とは、財産を持つ方(委託者)が、
信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を任せ、
その財産から生じる利益を受ける方(受益者)を指定する仕組みです。

認知症対策として注目される理由は、
委託者が判断能力を失った後も、
受託者が信託契約に基づいて財産管理を継続できるためです。
例えば、お父様が委託者兼受益者となり、
子どもを受託者として自宅を信託すれば、
将来お父様が認知症になっても、子どもが自宅の管理や売却を行えます。

しかし、信託により財産の法的な所有者が変わることで、
税制上の取扱いが変わる場合があります。

2.適用が受けられなくなるもの
(1)空き家を譲渡した場合の3,000万円特別控除(措法35条3項)
被相続人が一人暮らしをしていた自宅(空き家)を相続により取得し、
一定期間内に売却した場合、譲渡所得から
最高3,000万円を控除できる特例があります。

しかし、この特例は「相続または遺贈により取得した」場合に限定されており、
信託による取得は法律上の「相続」や「遺贈」に該当しません。
租税特別措置法35条3項の条文に、
信託受益権の取得についての規定が置かれていないため、
信託を介して承継した空き家には適用できないのです。

東京国税局『文書回答事例』(令和4年12月20日)では
「空き家の3,000万円特別控除は、
相続・遺贈で取得した場合に限定され、
家族信託の残余財産帰属で取得した場合は適用対象外」としています。

つまり、お父様の自宅を生前に信託設定すると、
将来その自宅を売却する際に
この特例が使えなくなる点に注意が必要です。

(2)農地の納税猶予(措法70条の6)
農業を継続することを条件に相続税の納税を
猶予・免除できる特例(租税特別措置法70条の6)も、
信託財産となっている農地には適用できません。

この特例の条文上、信託に関する規定がなく、
信託で承継した農地は特例対象から外れてしまいます。

国税庁の質疑応答事例では、
「納税猶予の特例の適用を受けた農地(特例農地等)に信託の設定があった場合には、
委託者から受託者へ当該農地等に係る管理・処分権が移転しますから、
納税猶予期限の確定事由となる」と回答しています。

(3)非上場株式の納税猶予(措法70条の7等)
自社株を後継者に相続・贈与した場合の相続税・贈与税納税猶予特例のいて、
株式を信託した場合、この納税猶予特例は、
農地の納税猶予と同様に適用できないと解されます。

3.適用が受けられるもの
(1)自宅を譲渡した場合の3,000万円特別控除
マイホームを売却した際の3,000万円控除は、
信託を用いても適用可能です。
税法上、受益者等課税信託では受益者が
信託財産を直接所有しているとみなされます。

委託者=受益者が自宅を信託して受託者に管理させている場合でも、
実質的に本人が居住していた家屋を売却したのと同様に特例適用が認められます。
居住要件等の一般的な条件を満たせば、
信託の形態によらず控除を受けられます。

(2)相続税の取得費加算(措法39条)
相続により取得した財産を相続してから
3年10ヶ月以内に譲渡した場合、
相続税額の一部を譲渡所得の取得費に加算できる特例も、
信託財産について適用可能です。

租税特別措置法39条には、対象となる財産には、
「相続税法の規定により相続または遺贈による
財産の取得とみなされるものを含む」としています。

国税庁の質疑応答事例(被相続人の死亡により信託の受益者となった相続人が、
信託の終了に伴い信託財産であった非上場株式を取得して
その発行会社に譲渡した場合における
租税特別措置法第9条の7及び第39条の適用の可否)でも、
適用可能と判断されています。

(3)配偶者の税額軽減
配偶者が相続により取得した遺産について、
最低でも1億6,000万円まで相続税がかからない特例も、
信託を利用して財産承継する場合に適用可能です。

相続税法9条の2第6項では、
「遺贈により取得したものとみなされる信託財産を取得した者は、
信託財産を承継したものとみなしてこの法律の規定を適用する」と
記載しています。

(4)小規模宅地の減額
被相続人の自宅等の宅地について最大80%評価減できる特例も、
信託を利用していても適用可能です。

被相続人の自宅を信託していても、
受益者が同居親族等の通常の要件を満たせば、
評価減の適用を受けることができます。

措置法施行令40条の2第27項で相法9条の2第6項を準用し、
措通69の4‑2でも信託に関する権利を特例対象に含める旨が示されています。

(信託に関する権利)
69の4-2(要約)

特例対象宅地等には、個人が相続又は遺贈により取得した信託に関する権利で、
当該信託の目的となっている信託財産に属する宅地等が、
当該相続の開始の直前において当該相続又は遺贈に係る被相続人又は被相続人と生計を
一にしていたその被相続人の親族の事業の用若しくは
居住の用に供されていた宅地等又は国の事業の用に
供されている宅地等であるものが含まれることに留意する。

4.まとめ
家族信託は認知症対策として有効な手段ですが、
税制特例との関係では注意が必要です。

特に「空き家の3,000万円控除」と「農地の納税猶予」が
使えなくなる点は、信託設定前に慎重に検討すべきです。
家族信託を検討する際は、
将来の売却計画や相続税対策を考慮するようにしてください。

《お知らせ》
1.COSOJIカフェで修繕費セミナー
『大家さん専門税理士が教える!修繕提案が変わる“賢い経費”の戦略』
リフォーム費用の資産計上と経費の違いや、
長期的な経営視点での判断を、
大家さん・管理会社三向けにお伝えします。
日時:8月21日(木)15:00~16:00
場所:オンライン
費用:無料
詳細・申し込み: https://x.gd/BiCj1

2.横浜で税務調査対策セミナー
『大家さん専門税理士が語る!税務調査と確定申告対策』セミナー
秋は税務調査が盛んになってきています。税務調査に向けた対策、
来年の確定申告に向けた対策を学びましょう。
日時:9月6日(土)
10:00~12:00
場所:かながわ県民センター305会議室 横浜駅西口から徒歩5分
神奈川県横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2
費用:無料
詳細・お申し込みはコチラ

3.オリックス銀行担当者と直接相談できる座談会
Knees bee税理士法人の横浜サテライトオフィスを6月から開設しました。
開設を記念してオリックス銀行の現役融資担当者をお招きし
少人数限定の特別座談会を開催することになりました。
日時:9月5日(金)18時30分~20時(その後懇親会あり)
会場:かながわ県民センター (横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2)
横浜駅[きた西口]徒歩4分
定員:限定5名様(先着順)
参加費:無料(懇親会は実費)
申し込み:https://forms.gle/JPpMsMxZ28sNA3MS7

4.税務調査解体新書の無料ダウンロード
AI賃料査定でおなじみのスマサテさんとの
協同企画で税務調査アンケートを実施した結果を
『税務調査解体新書』にまとめました。
アンケート結果だけではなく、税理士としてのコメントも多く掲載しています。
スマサテさんのホームページからダウンロードできます。
https://owner.sumasate.jp/lp

ABOUT ME
渡邊浩滋
大家さん専門税理士事務所、渡邊浩滋総合事務所代表。当サイトを運営する大家さん専門税理士ネットワーク「Knees(ニーズ)」代表。 自らも両親から引き継いだアパートを経営する大家であり、「全国の困っている大家さんを助けたい」という夢を叶えるべく日々奔走している。 全国でのセミナー出演、コラム執筆等多数。
さらに詳しく知りたい方へ